東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)112号 判決 1970年2月26日
原告
東洋レーヨン株式会社
代理人
中松澗之助
外一名
被告
特許庁長官
荒玉義人
代理人
仁木立也
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一<略>
二先ず本願商標(編注―ローマ字WAと数字7をハイフンでつないで左横書きしたもの、指定商品ポリエステル繊維よりなる織物およびポリエステル繊維を混用してなる織物)がそれ自体特別顕著性を有するか否かについて判断する。
本願商標がきわめて簡単でかつありふれた標章のみからなるものであるか否かは、指定商品の需要者を標準として判断すべきであると解するのが相当である。そこで、公知の事実および社会通念に基づいて判断するのに、本願商標の指定商品である織物の需要者は、テーラー(洋服仕立業者)や既製服業者(いずれもデパートの洋服部を含む)等の関係業者のみではなく、一般消費者もまた重要な需要者であるといわねばならない。けだし、一般消費者が洋服生地である織物そのものを買う場合は勿論、洋服の仕立を注文しまたは既製服を買う場合でも、仕立の良否のみならず生地である織物の品質、効能等を吟味したうえ注文しまたは買い受けることが少なくないからである(和服の場合もほぼ同様である。)。ところで、ローマ字一ないし三字とアラビヤ数字一ないし五字を、ハイフンを用いまたは用いずに、結合した標章は、被服、電気器具その他の家庭用品において、商品の規格、型式等を表わす記号として広汎に使用されており、ローマ字および数字の各字数、両者がハイフンで結合されているか否かは、一般消費者の特に注意を払うこころではないから、ローマ字二字と数字一字をハイフンをもつて結合した標章は、需要者である一般消費者にとつては、きわめて簡単でありふれたものであると認めるのが相当である。
原告は、織物業界においてはローマ字二字と数字の結合からなる標章を商品の規格、型式等を表示する記号として使用する例はないから、右標章はありふれたものではない旨主張する。しかし、各商品別による取引慣行に明るくない一般消費者にとつては、織物についてローマ字二字と数字の結合からなる標章が使用されていても、特に目新らしいものと感じないことは、前記の被服、電気器具の場合と同様であると認めるのが相当であるのみならず、<書証>によれば、織物業界においても、ローマ字二字と数字一ないし五字を、ハイフンを用いまたは用いないで、結合した標章を、品番と呼称するか否かは別として、商品の規格、型式等を表示する記号として、カタログまたはサンプル(商品見本)に附して使用している例があることは明らかであるから、原告の右主張は採用の限りではない。
したがつて、本願商標は、きわめて簡単でかつありふれた標章のみからなる商標であり、それ自体としては特別顕著性を有しないものであることは明らかである。なお、<書証>によれば、本願商標と同一構成の商標が原告主張のとおり既に登録されていることが認らめれるが、この事実は右の判断を左右するものではない。
三次に本願商標が使用による特別顕著性を取得したか否かについて判断する。
<書証>、大同毛織株式会社製織物の耳マークであることが当事者間に争いがない検甲第一号証、日興毛織株式会社製織物および東亜紡織株式会社製織物の各反末マークであることが当事者間に争いがない検甲第二、第三号証、証人の証言により原告会社製織物の反末マークであることを認める検甲第三号証、証人K、Oの各証言によれば、原告が次のとおり商品に本願商標を附してこれを使用した事実が認められる。すなわち、合成繊維特にポリエステル繊維(原綿)およびその製品の製造販売を業とする原告会社は、昭和三七年六月、主としてウール混紡用の特種タイプポリエステル繊維を開発し、これに本願商標と同一のWA―7の名称を附して製造販売を開始したのであるが、右特殊タイプポリエステル繊維を毛糸と混紡してなる、主として紳士服地用の織物は、大東紡織株式会社、大同毛織株式会社、日興毛織株式会社、東亜紡織株式会社その他の毛織物の紡績織布業者に右繊維(原綿)を販売して製造させ、レーヨンと混紡してなる、主として学生服、作業服地用の織物は、自らこれを製造した。ところで、前者の織物は昭和三七年約二七五、〇〇〇メートル(ダブル巾。以下同じ。)、同三八年約一、四二七、〇〇〇メートル、同三九年約七五〇、〇〇〇メートル、同四〇年四五五、〇〇〇メートル製造され、後者の織物は昭和三八年一四四、〇〇〇メートル、同三九年四八〇、〇〇〇メートル、同四〇年九六〇、〇〇〇メートル製造された。そして、原告は自らが製造した後者の織物の反末等に本願商標を附したのみならず、他の業者に製造させた前者の織物にも全部その耳、反末または下げ札タッグに本願商標を附けさせたものである。
また、<書証>、証人にKの証言によれば、原告は、次のとおり、右特殊タイプポリエステル繊維と毛糸またはレーヨンとの混紡織物(以下本件織物という。)に関する広告に本願商標を附してこれを使用した事実が認められる。すなわち、
(一) 新聞および雑誌による広告
原告は次の新聞および雑誌に本願商標を用いた本件織物の広告を掲載した。
(1) 一般新聞および雑誌
毎日新聞(昭和三八年九月二六日付東京、中部、大阪、西部各版)、朝日新聞(同年九月二六日付東京、西部各版、同月三〇日付大阪版、同年一〇月二日付名古屋版)、読売新聞(同年九月二六日付大阪版)、中部経済新聞(同年九月二八日付)、日本経済新聞(同年一〇月二二日付および同年一二月一二日付)、文芸春秋(同年一一月号)。
(2) 業界新聞および業界誌
日本毛織新聞(昭和三九年七月一八日付および昭和四〇年八月三日付)、日本繊維新聞(昭和三九年八月二日付、同月七日付および昭和四〇年八月三日付)、繊維小売新聞(昭和三九年八月三日付)、繊研新聞(昭和四〇年八月二日付)、全既商連新聞(同年八月三日付)、「新らしい繊維」(昭和三九年七月号)。
(二) テレビによる広告
原告は日本テレビ系一八局を通じて昭和三八年九月二日午後八時五〇分から九時三〇分までプロ野球実況放送を提供し、右放送中のコマーシャルにおいて本願商標を用いて本件織物を広告した。
(三) 電飾デイスプレイによる広告
原告は昭和三八年八月二〇日三越本店ほか全国有名デパート六三店、山形屋ほか全国有力テーラー数十店に、本願商標を表わした電飾デイスプレイ一五〇個を配布して、これを展示させた。
(四) パンフレットによる広告
(1) 「東レテトロンWA―7」
原告は昭和三八年六月四日本件織物の特性等を詳細に解説した右パンフレット(発行部数三、〇〇〇部)を有力縫製業者、紡績織布業者、有名デパート、「東レサークル」加入小売店等に配布した。
(2) 「東レグラムセブン企画書」および「東レセブンCセブン企画書」
原告は昭和三八年六月四日本願商標を用いて本件織物の特徴を重点的に解説した右小冊子(発行部数各一、二〇〇部)を有力縫製業者全国有名デパート、「東レサークル」加入の小売店に配布した。
(3) 「東レサークル商品シリーズ」五六号
原告は昭和三八年八月二〇日原告の他の製品と併せて本願商標を用いて本件織物を簡単に紹介した右小冊子(発行部数約五、〇〇〇部)を「東レサークル」加入の全国有名小売店三、〇〇〇店に配布した。
(五) 製品発表会による広告
(1) 原告は昭和三八年七月一〇日新大阪ビルにおいて、同月一五日古河ビルにおいて、有力縫製業者五七社を招待して「WA―7」混紡紳士服地内見会を行い、本願商標を用いて本件織物を広告した。
(2) 原告は同年八月二日、三日大阪豊田ビルにおいて、同月九日、一〇日東京産経会館において、同月一九、日二〇日名古屋大証ビルにおいて、それぞれ縫製業者、紡績織布業者、デパート、小売店、報道、服飾関係者等各約五、〇〇〇人を招待し、本願商標を用いて本件織物の発表会を行つた。
(六) ダイレクトメートル等による広告
原告は日本紳士服ボランタリーチェーンと共同して昭和三九年九月一〇日から三〇日までの間同チェーン加入の全国有力テーラー五二社の店舗において、同チェーンとのタイアップ記念セールを行い、その間各テーラーからその顧客に対し、本願商標を用いて本件織物の特性を強調したパンフレット(約三〇、〇〇〇枚作成)をダイレクトメールにより送付させ、同様のちらし(約二八〇、〇〇〇枚作成)と前記(四)(1)のパンフレットを配布させた。
以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。もつとも前記甲第四二号証には、右に認定した広告以外にも原告が本願商標を用いて本件織物の広告を行つた旨の記載があるが、右証拠だけではその事実を認めるに足りない。
被告は、原告の本願商標の使用は常に「東レ、テトロン」等の著名な原告の登録商標とともにこれに附加従属して使用してきたものであるから、本願商標は使用による特別顕著性を取得したものとはいえない旨主張する。なるほど、前掲各証拠によれば、日興毛織株式会社、東亜紡織株式会社および原告会社製造の本件織物(検甲第二ないし第四号証)に附された場合を除き、原告の本願商標の使用は、「東レ、テトロン」「Toray TETOR ON」等の原告の製品であることを表彰する著名な商標(登録商標を含む。)と共に使用されていることが認められるが、この事実だけでは、前認定の織物業界においてローマ字二字と数字を結合した標章を商品の規格、型式等を表示する記号として使用する例があることを考慮しても、なお本願商標が使用による特別顕著性を取得し得ないとはいえない。けだし、右の場合でも本願商標の使用の態様、方法等によつては、本願商標が使用による特別顕著性を取得する場合があると解するのが相当であるからである。
原告は、本願商標を「東レ、テトロン」等の商標と共に使用した場合でも、特に本願商標が需要者の興味を惹くような形で使用したのであるから、本願商標は使用による特別顕著性を取得した旨主張する。なるほど、前掲各証拠を検討すれば、前認定の本願商標を前記「東レ、テトロン」等の商標と共に使用した場合でも大同毛織株式会社製造の本件織物の耳マーク(検甲第一号証)、前記業界新聞および業界誌掲載の広告(昭和三九年七月一八日付日本毛織新聞、同年八月七日付日本繊維新聞および「新しい繊維」掲載の広告を除く。)、「東レサークル商品シリーズ」五六号および「東レセブンCセブン企画書」記載の広告を除けば、原告は一応「東レ、テトロン」等の商標よりも本願商標を強調する形で使用したものと認められる。
右認定によれば、本願商標の使用の使用の態様は、前記「東レ、テトロン」等の商標とは別個に使用された場合もあり、前記商標と共に使用された場合でも、特に本願商標を強調する形で使用された場合も少なくないから、前認定の本願商標の使用により、需要者であるテーラー既製服者業等関係業者にとつては、本願商標は何人かの業務に係る商品であるかを認識することができる商標になつたと認めるのが相当であろう。
しかし、前叙のとおり本願商標の指定商品である織物の需要者は関係業者のみではなく、一般消費者もまた重要な需要者であるところ、前認定の本願商標の使用により、一般消費者にとつても、本願商標が何人かの業務に係る商品であることを認識できる商標となつたか否かは、にわかに決し難い。この点について考えてみるのに、一般消費者が本件織物、特に紳士服地用の毛糸との混紡織物を買い、またはこれを使用して仕立てる洋服を買受けまたは注文する回数は、通常それ程多くないこと(このことは公知の事実である。)、前認定のとおり、前記毛糸との混紡織物の製造数量が昭和三八年をピークとして以後相当急激に減少していること、昭和三七年六月本件織物の製造販売の開始に伴い本願商標の使用が始められてから、本件審決がなされた昭和四一年六月一五日までの間は約四年間に過ぎないとこを併せ考えれば、原告がその間継続的かつ独占的に本願商標を本件織物に附して使用していた事実だけでは、仮に関係業者間においては本願商標が原告の商品を表彰するものであることが周知徹底されていたとしても、本願商標が一般消費者において何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものになつたとは到底認めることができない。
そうだとすると、本願商標のようにきわめて簡単でありふれた標章のみからなる商標を、前記の約四年の間に、一般消費者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものにするには、直接一般消費者に対する広告によるほかなく、しかも広告の氾濫している現代社会においては、その広告は反覆継続して視覚、聴覚に訴え、本願商標を一般消費者の脳裡に浸透させるものであることを要すると解するのが相当である。そこで、前認定の本願商標の使用の態様および前掲各証拠をさらに検討するに、一般消費者に対する広告は、前記(一)(1)の一般新聞雑誌による広告、(二)のテレビによる広告、(三)の電飾デイスプレイによる広告、(六)のダイレクトメートル等による広告だけであるところ、(一)(1)の一般新聞雑誌への広告の掲載は、日本経済新聞を除いて各新聞にそれぞれ一回づつであり、しかもいずれも昭和三八年中に限られていること、(二)のテレビによる広告は昭和三八年中に一回で、それが展示されていた期間を明らかにする証拠がないこと、(六)のダイレクトメートル等による広告は昭和三九年中に行われたが、実際に配布したちらし等およびダイレクトメール等により送付したパンフレットの枚数を認めるに足りる証拠がないことが明らかである。これを要するに、本願商標を用いた本件織物の一般消費者に対する広告は、昭和三八年、三九年に断続的に行われたに過ぎず、しかも昭和三九年一〇月以後行われた証拠は全くないから、本願商標に特別顕著性を与えるために要求される前記のような広告の方法とは程遠いものというべきである。
以上のとおりであるから、本件審決がなされた昭和四一年六月一五日当時、本願商標が使用による特別顕著性を取得していたこと、すなわち、それが使用された結果一般消費者を含めた需要者において何人かの業務に係る商品であることを認識することができる商標となつていたものと認めるに足りる証拠は結局ないものといわねばならない。
四よつて本件審決には原告主張の違法はないから、その取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。(服部高顕 石沢健 滝川叡一)